時間外労働について、原則「月45時間・年360時間」を上限とする規制を、今まで適用を猶予されていた一部職種に対しても2024年4月から適用される事になりました。
その対象には「医師」も含まれるという事ですが、歯科医師はどういう扱いになるのか?という点も含め、歯科を開業・経営する上で、時間外労働に関して具体的にどのような点に気を付けるべきか、本記事で解説します。
歯科医院における時間外労働の上限規制
歯科医院の時間外労働上限
「歯科医院の労働の44時間ルール」で解説していますが、一般の業種では休憩時間を除く1日8時間以上、1週間40時間以上労働させてはならないという法定労働時間があるのに対し、歯科の場合は特定条件を満たせば週44時間を法定労働時間とする事が可能です。
しかし、歯科医院では患者さんの治療や診療を優先するために、必要に応じてそれ以上の時間外労働を行う場合もあり、労働基準法に基づく時間外労働の上限規制が適用されることになります。
時間外労働について、一般原則は「月45時間・年360時間」が上限となりますが、医療に従事する医師は上限水準が別途設けられ、年間最大1,860時間の上限が定められました。
歯科医師も「医師」のカテゴリにはいるのかという点については、厚生労働省の発信するQ&Aに、以下の具体的な記述があります。
「医業に従事する医師」における「医師」は医師法上の医師に限定され、資格で判断されることから、歯科医師、獣医師はここでの「医師」に該当しない。
「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」(厚生労働省・令和5年6月30日公表)
この通り、歯科医師については「医師」の時間外労働時間上限は適用されません。また、同資料の中に、歯科医師の具体的な時間外労働上限が提示されています。
なお、歯科医師、獣医師には、労基法第 36 条第5項の上限規制(時間外労働が 1 箇月 45 時間を超える回数は年間6回まで、時間外労働は1年720 時間まで)及び同条第6項第2号、第3号の上限規制(時間外・休日労働は1箇月 100 時間未満、複数月平均 80 時間以内)が、大企業では平成 31 年4月から、中小企業では令和2年4月から適用されている。
「医師の時間外労働の上限規制に関するQ&A」(厚生労働省・令和5年6月30日公表)
- 時間外労働上限は年720 時間まで
- 月45時間を超える回数は年間6回まで
- 月100時間未満、複数月平均80時間以内
Q&Aの内容をまとめると、歯科医師には上記の時間外労働上限が適用になるとありますが、原則「月45時間・年360時間」を超える時間外労働について、労働基準法第36条第5項では「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合」のみの特別条項とされており、歯科医師であるからといって原則を超過する時間外労働上限を推奨されている訳ではないので、ご注意下さい。
また、原則準拠ならば歯科医師資格を持たない他スタッフの方にも同じ上限条件が適用になります。
それぞれ、時間外労働が発生する場合は、時間外労働上限について労使間で労使働協定を結び、届出を行う必要があるので、次にご説明します。
歯科医院の時間外労働に必要な労使協定
労働者と使用者の合意に基づき取り交わされる書面による協定の事を労使協定といい、その中でも時間外・休日労働に関する内容は労働基準法第36条に定められている事から、通称「36(さぶろく)協定」と呼ばれています。
36協定は労働時間や休日、休暇、残業手当などについて定め、協定を締結することで、労働者の過重労働を防止し、労働条件や福利厚生が保障されるという効果が期待されるものです。
時間外労働上限についても、こちらの36協定に記載し、協定を結びましょう。
労使協定の締結・届出の手順
36協定の締結・届出の手順は以下の通りです。
- 歯科医師・歯科衛生士・歯科助手などの労使代表が協議し、36協定の内容を取り決める
- 労使両者が協定書を作成し、署名・押印を行う
- 労働基準監督署へ36協定の届け出を行う
- 承認を受けたら、協定適用の範囲や対象労働者に周知徹底する
労使協定の罰則や注意点
協定の届出を忘れたり、上限時間を超えた労働を課すなどの違反が発覚した場合には、6か⽉以下の懲役または30万円以下の罰⾦が課されるおそれがあります。本罰則も労働基準法で定められているので、違反にならないように注意しましょう。
また、36協定で定める時間外・休日労働の対象期間は1年を限度とする旨が労働基準法第36条第2項で定められているので、1年ごとに見直しが必要になります。自治体の労務局などの手引にも同様の記載があるので、忘れない様に気を付けましょう。
参考:東京労働局「時間外労働・休日労働に関する協定届 労使協定締結と届出の手引」
労働時間把握の責務と方法
使用者には労働時間を適正に把握する責務があるとして、厚労省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を設けています。
使用者が労働時間を適正に把握するのに講ずべき処置として、簡単にまとめると以下の事が推奨されています。
- 始業・就業の時刻を記録(タイムカード、ICカード、PC等による客観的な記録が望ましく、使用者が現認する必要がある)
- 賃金台帳の適正記入
また、これらの労働時間の記録に関する書類は5年間保存しなければなりません。(※)
※保存期間は労働基準法第109条で定められており、ガイドラインには3年とありますが、令和2年4月1日施行の民法改正で5年に延長されました。
歯科医院での労働条件上限規制の適用内容と、それに伴う労使協定・労働時間の実態把握のあり方について解説しました。
時間外労働の上限規制は、働き方改革の一環として、労働者の健康や生活に配慮し、過労死や労働災害を防ぐことを目的としています。また、時間外労働の割増賃金率・有給休暇の義務化なども改革の要になっており、労働時間の適正化と併せて労働者の働きやすい環境を整えることで、生産性向上にもつながるとされています。
労働基準法に定められた上限規制を遵守する事で、労務管理を適切に行い、歯科医院で働くスタッフの雇用環境を向上させる事で、スタッフ確保にもつながり、歯科医業の継続的な運営にも効果が見込めるでしょう。同時に、患者さんにも安全で質の高い診療サービスを提供できる環境が整うことになりますし、法令遵守によるクリニックのブランド向上にもつながります。
特に生産年齢人口が急激に減るこれからの時代は、労働時間管理の改善に取り組むことで人材を確保し、経営の安定化を図る事が重要になります。
スタッフの在籍が安定しないなどのご不安がある方は、クリニック内の労働時間管理についても見直してみると良いでしょう。
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